砂川トラベル さっぽろ編 (第6回プラレールひろばinさっぽろ)2018.10.27

そのうち開催されると思います。

10月28日のプラレールひろばinさっぽろの後にて飲酒編初開催となりましたのでここにご報告致します。

飲酒編というかただの打ち上げなので、ぼくの初渡道の行程でも適当に綴ってきます。



旅の始まりは東京駅から。正確には乗換駅が東京ですが気にしません。往路は鉄路で札幌まで向かいます。
最初ははやぶさ5号で渡島大野まで。


はい、グランクラスです。贅沢に渡道をキメたいと思います。
ちなみにこの日の朝放送のシンカリオンが、まさかのグランクラス乗車回という偶然。速杉ハヤトの気持ちになるですよ。
でかいキャリーバッグを持ってきましたが、シートピッチがアホみたいに広い分棚もくそ広いので、余裕で入りました。ちなみに485系リゾートやまどりの2号車は何故かこれよりもシートピッチが広いです。気になった方はやまどりの2号車に乗ってみてください。



朝食は和軽食を頂きます。さすがに空きっ腹を満たすには足りませんが、つまみで腹を満たしていくので問題なし。


気づいたら新青森でちょっとびっくり。時間が経つのが速いです。ここで例のアイスのグランクラスverを頂きます。
とはいっても単なるすごい硬いバニラアイスにメーカーズマークのウイスキーをかけただけ。アイスは有料になりますが、ドリンク無料のグランクラスで試す価値はあると思います。すごい美味しかったです。
約4時間のグランクラスの旅はあっという間に終了。再履修したいところですが流石に高すぎますね。この区間自体は今回初めてだったので普通車で再履修したいところです。




初北海道です。初めて見る北の40や733にそこそこ興奮してたらキハ261のスーパー北斗が入線。これで札幌へ向かいます。



しばらくは節約して生活するようですね。さっきよりは狭いものの再び3列シートの車両です。
ぶっちゃけ景色はこっちの方が楽しめました。183のハイキロで楽しみたかった景色です。


3時間半かけて札幌に到着。人生初札幌です。731系やキハ283等々、小さい頃図鑑で見た車両が目の前にいて感動。よく知ってたとはいえ初めて見る車両ばっかだったので、この余韻はしばらく続きそうです。


色々あってバスターミナルで待たされた後放置されましたが気にしません。



ほどなくして設営組と合流してカラオケ入場。何故か写真がありました。
騒いだ後は宿(要出典)に入場。滞在中お世話になりました。



翌日は公開日。曲線エンドレスにキハ40が走り回る北海道的なレイアウトと聞いていましたが、秒で設営して稀にみる規模のレイアウトとなって開場しました。 
※2022.10.18追記 4年後に開催された第7回はそれをも上回る規模となりました。
 楽し過ぎて公開中写真を全然撮っておらず、頼まれた新作の写真しか撮ってませんでした。




 撤収も無事終わり夕食はサッポロビール園にてジンギスカンを頂きました。めちゃくちゃ美味しかったです。






この記事は執筆中です。

砂川トラベル 茨城ドライブ編 2018.5.27

今回は特別ゲストとして、いつの間にかハジケ組になっていたやはお兄さんと、S13じゃなくてロードバイクに乗る方の池谷先輩の2名を迎えての開催となりました。
当初はタイトルの通り渋谷りんりんロードを借りたとことは別のとこで返せる有能レンタサイクルで走破しようと計画しましたが、3日前の申込でチャリの空きがないと言われてしまい、急遽予定変更してレンタカーを借りて適当にそのへんを巡ることになりました。結果的にやはプレゼンツの砂川トラベル茨城ドライブ編となりましたが気にしません。やはお兄さんレンタカーの手続き等々ありがとうございました。


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というわけで旅の始まりは土浦駅から。6人とも前の日にどっかしら出かけてたので、既にお疲れモードの方もおられました。特に池谷先輩は睡眠時間が3時間で、常磐線の中で命の危機に瀕している形相でした。
今回お世話になる車はプレマシー。お兄さん、こうすけ君、ぼくの3人の名前で登録してあるので、途中乗務員交代しながら回ることにします。こうすけ君は初マツダ車かつMTモード付きATということでテンションが上がってました。
乗車定員は書類上7人でしたが、3列目の左側席の頭上が2列目の真ん中用のシーベルがしまってある都合で出っ張っていて、ただでさえ狭いのに頭も狭いという荷物用席でした。初っ端は人権のないらいぷらが乗って、クソだクソだ騒いでましたが、実際座って見ると案外そうでもないので、らいぷらが虚偽の報告をしたということになりました。


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とりあえず最初はやは先輩の運転で筑波方面へ向かいます。何でも駅北側から続く高架道路が、土浦から筑波への新交通システム未成線を転用したものなのだそう。明らかに駅として作られてたようなとこがあったり、カーブがあまり自動車道っぽくないとこがあったりして、ゆりかもめの気分を味わうことができました。


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てっきり筑波って田舎なんかと思ってましたが、学園都市を名乗るだけあって中々都会的な光景が局所的に広がっていました。TXでも来れるらしいので乗り潰しがてら来たさありますね。
局所的にで察した方もおられると思いますが、少し過ぎるとどこにでもありそうな田舎の住宅街が広がっていました。やっぱり筑波は田舎です。


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まず最初に来たのは市内にあるさくら交通公園。ここではKYTを行うことによって危険への感受性を高めることが出来ますが、メインの目的は公園内にある保存車両です。

どちらも国鉄の車ですが、片方は道路を、もう片方は鉄路を走っていました。こっちは道路を走っていた方の東名ハイウェイバス第一号車である日野RA900P。日野製ですが国鉄専用で開発された型式の車両です。


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こちらは鉄路を走っていた方のD51 70号機。所謂ナメクジとかいわれる初期型のデゴイチですね。デフが短いから北海道の釜なんかと池谷先輩が推察してましたが、後から説明板を見るとビンゴ。車両の経歴等詳しいことはググればわかると思います。
ちなみに隣にある線路は、かつてキハ04 8(筑波鉄道キハ461)が置かれていて、今はあの鉄博にて製造時の車番、塗色に復元されて保存されています。


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保存車の観察が終わったとこで、サイコロタイム。今回は水曜どうでしょう風にサイコロで次の行き先を決めるというやはプレゼンツ特別企画です。ちなみにぼくはどうでしょうを見たことがないですが、結果的によさそうな旅になったのでよかったです。録画担当のこうすけ君が動画を録ってましたが、動画が実際に見られるかは彼次第です。


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第1投は砂川。出た目は1ということで、当初の予定通り凛ちゃんロードに沿って岩瀬へ向かいます。砂川を許すな
ちなみにつくばりんりんロードは、旧筑波鉄道廃線跡を全線に渡ってサイクリングロードとして整備した自転車道です。路線が現役だった頃は、日車標準車体のディーゼルカーや、上野から登山客を乗せた12系の団体列車が走っていたそう。詳しくはググってください。


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岩瀬駅の前に向かったのは、渋谷凛々ロード筑波休憩所。筑波山が真ん前にあります。
ここが旧筑波駅で、関鉄バスの筑波山口バス停も同じ位置にあります。今でこそ筑波山口という名前ですが、筑波鉄道廃線後もTX開業前までは筑波駅を名乗っていたそうです。
早くも時間が押してるそうなので(自覚なし)、ここでは5分の滞在の予定でした。


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こんなとこに廃バスなんてあったかなと思ったら、なんと真壁観光の日野RVでした。まさか動態車をここで見られるとは思ってもなかったので、夢中になって観察しました。
しかしプレマシーに戻る頃にはやはくん先輩を始めメンバーの方々が激おこ。車内で謝罪会見と土下座を求められました。

ここからは運転担当をこうすけ君にバトンタッチ。旧筑波駅を後にしてMTモードを楽しみつつ岩瀬駅へ向かいます。


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恒例行事の貨車発見イベントもありましたが無事岩瀬に到着。丁度501が駅にいました。
そしてサイコロ2投目はらいぷら。選択肢はこの6つです。


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気になる結果はなんと真岡。人権がないので何かやらかすとは思いましたが、ここで真岡を引きやがりました。茨城ドライブ編なのに茨城を飛び出して栃木へ向かいます。

引き続きこうすけ君の運転で真岡へ向かいます。経路をググると意外にも近いことが判明。ナビに従って進んでいたら、中央線のない山道に連れてかれ、そこで県を跨ぎました。グーグ●ルマップも高圧的ですね。


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というわけで真岡駅に到着。この時点でこうすけ君は鉄道駅だとは気づいてなかったようです。ぼくはおよそ4年ぶりのキューロク館ですが、こんな形でまた来るとは思ってもなかったです。何かSLがもう1台増えてましたが主催2名はこっちが主目的のようです。
普通に4時間以上は楽しめそうなとこですが、滞在時間は30分と指定されたので、所定の急ぎ足で観察します。


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丁度49671号の圧縮空気走行の時間だったので、4年ぶりに動くキューロクを観察。動くキューロクもそうですが、動輪の真横から動くのを見られるのもここならではだと思います。圧縮空気による走行ではあるものの、機械油の香りはまさに生きてるSLそのもの。ヨ太郎を連結して何往復かしていました。次はデゴイチが動くとこも見てみたいもんです。


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サイコロ3投目は思いがけない形で栃木への帰省を果たしたぼくです。DE10の音が気になってたので出た目は何だか忘れましたが、那珂湊へ向かうことになりました。何で栃木に帰省してたんだろうと思いつつ、運転を任され、那珂湊へ向かいます。
下道だとアホみたいに時間かかるので、高速で一気にワープすることに。教習以来の高速でしたが、プレマシーシンカリオンに変形したり、北関東道が意外にガラガラだったりしたので、思いの外よさそうな道中でした。この後のルートを入れても3人の中では一番高速区間が長い当たり区間でした。ていうかノリで決めた運転順でたまたまいい区間に当たってちょっと申し訳ない気がして、気にする先生にならざるを得ませんでした。


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6人中3人が爆睡してたので、おれも爆睡したいなと思いましたが、6人とも永遠の眠りについてしまうのは流石によろしくないので、高速道路にぎやかドライブを楽しみます。北関東道って感じのアルテッツァを2台見れたり、高圧的なアクアが見られたので、にぎやかだったと思います。


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何やかんやで那珂湊に着いたものの、よさそうや駐車場所がないので、ウエルシアへ入場。結局那珂湊ではウエルシアで買い物をするに留まり、そのまま次のサイコロタイムへ。4投目は池谷先輩。次の目的地は阿字ヶ浦です。クソ近いです。


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ドライバーはやはお兄さんに交代。海沿いを走るだけあって、ひたちなかマリンビューを楽しめました。ただ車線が狭く、お兄さんは気分がよくなさそうな感じでした。


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阿字ヶ浦駅に到着。ここには2両のキハが置かれています。ひたちなか海浜鉄道で動いてた車両で、どちらもキハ22ベースですが、出処が異なります。詳しくはググればわかります。
ここでサイコロ5投目。やは先輩の投げたサイコロによって、更に北上することになります。


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とその前に軽く昼食time。阿字ヶ浦駅の近くのセコマおおつか店で飯を買います。すごく古い感じな上、大塚の地名が周辺に見当たらないので、半分個人経営な感じだと思います。セコマってのを抜きにしてもよさそうな感じの店舗でした。
ちなみに池谷先輩はここでセコマ童貞を卒業したようです。


引き続きやは先輩の運転で日立方面へ向かいます。幾つ


※この記事は書きかけの記事です。

砂川トラベル 砂川不在編 2018.5.20

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旅の始まりは品川駅から。8時28分発の快特久里浜へ向かいます。2100って泉岳寺始発のイメージですが品川始発にも入るんですね。

東洋IGBTや120キロ走行を楽しみつつ、横浜ではらいぷら様をお迎え。しかしらいぷら様に着席権は与えられませんでした。


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京急の横浜以西は初めてでしたが、この辺はそんなに飛ばさないということがわかりました。緑が多く、いかにも横浜の西のほうって感じの車窓が続きます。


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というわけで今回の目的地の久里浜に到着。今回の実質幹事のこうすけ君曰くシャトルバスは限界らしいので歩くことに。歩く前に駅前のデイリーヤマザキでコーヒーと揚げパンを補給します。



徒歩10分くらいでしょうか。京急久里浜工場に到着。ファミリーフェスタという名前のついたイベントですが、明らかファミリーじゃない感じの方々も多く見受けられました。といいつつ自分達もその一人なわけですので他人のことは言えません。


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あくまで今回の主題は床下機器お楽しみコーナーですが、砂川がこうすけ君にプラレールのおつかいを頼むという残酷非道なことをしてきたのです。床下機器観察イベントなのにプラレールに何十分も並ぶわけにはいかまいと、ここで床下機器に関心の薄いらいぷらに並んで頂くことを提案。無事提案が通り、待機列に並び続けていくのですが、この後らいぷらを悲劇が襲います。


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僕とこうすけ先輩はらいぷらと一時的に別れ、物販ブースを後にします。保線機械の展示を見学しつつ、工場の方へ向かいます。


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建屋内には、1700形やもうすぐ引退の2000形などがいました。棒連結器が外されてるのが新鮮でした。


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機器更新時に取り外されたとみられる1000形のシーメンス製のインバータ置かれてました。


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アントが陸路走行の状態でいました。


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主電動機お楽しみコーナー。2100形のMMの形に驚き。インバータと違ってMMは更新時に新品には取り替えないので、現在でもこのヘンテコな形のMMで動いてると思われます。


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一般的にはメイン展示らしい車両展示コーナーの手前にあった脳筋養成所と思われるスペース。プロフェッショナルには筋肉が必要ですね。


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自然に擬態していた旧1000形。単なる花電車の飾り付けですが、茂み越しだとそれっぽく溶け込んでいました。


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砂川不在編の真相。濾過されていたのですね。


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側線には廃車待ちと思われる800形と2000形が留置されていました。青空と車体色のコントラストが鮮やかなくらいには状態は良かったように見えました。


この後らいぷらと再合流しましたが、砂嵐を浴びてプラレの袋共々砂がうっすらくっついてました。せっかくの戦利品はともかく、体が砂まみれです。砂川を許すな。


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この後は予定もないので飯にすることに。値段もリーズナブルで中々よさそうなしゃぶしゃぶ屋があったのでめでたく砂川トラベルしゃぶしゃぶ編に。普通においしかったので再履修リストにぶち込まれました。

帰りはシーメンスGTOを楽しみつつ横浜まで1000形に揺られます。


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砂川トラベルは横浜で解散となりましたが、まだ時間はあったので、東横線を乗り潰すがてら渋谷へ。京急のイベントに行ったはずですが、土産は東急5050のプラレ3本でした。
何やら秋葉原にて暇を持て余しているオタクがいるとの情報がありましたが、既に半蔵門線に乗ってしまったので、錦糸町経由で秋葉原へ。


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秋葉で待っていたのは(名誉)会長さんと平塚さん。暫く総武ホームで駄弁ってから中古屋巡りしつつ、ラーメンを食べて、栃木の音で締めました。

トラベルは次の週もスペゲス(当時)をお迎えして行いましたが、次の記事で。

砂川トラベル いすみ編 2018.4.8

勝手にブログ書いたら勝手に広報担当に任命されました。訴訟



旅の始まりは東京駅から。余った18きっぷで菜の花でも見に行くかという名目でしたが、実際余ってたのは1人のみで、残る3人分は大宮周辺で頑張って探しました。
とりあえず丸の内地下南口のC62の動輪を見てから総武快速に乗り込みます。



217と209の音の違いを楽しんだり貨物駅跡や旧線跡を眺めているうちに大原に到着。
この時点で帰りのルートがはっきりしてなかったので、ノリと勢いで小湊で五井へ抜けるルートに決定。とりあえず房総横断乗車券を買っていすみ302に乗り込みます。菜の花シーズンのに日曜ということもあって席は埋まっていました。



コマツエンジンと沿線風景を楽しみながら国吉駅へ向かいます。既に代掻きが済んでいる田んぼがかなりあって春を実感しました。



国吉に着いてからはレンタサイクルでポッポの丘へ行こうとしましたが、何やら無料ボンネットバスが発車する旨の案内が。よくあるローザの特装仕様かと思いきやれっきとした当時モノの車でちょっとビックリ。ナンバー的に茨城の保存会所有の車でしょうか。
話を聞くと周辺の花見スポットや出雲大社を40分程度かけて巡るそう。またバスが戻ってきて乗客が集まり次第発車とのことなので、構内に保存されてるキハ30や周辺の街並みを散策しながら時間を潰します。



バスが戻ってきたら整理券を受け取って写真を撮りつつ乗り込みます。日産のU690で、元備北バスの車のようです。車内に備北時代の表記がありました。



ロクに防音もされておらずダイレクトにエンジンの音が聞ける車内は超よかったですね。またドア横にはツーマン時代の名残の補助椅子もありました。途中ヤマトのウォークスルーとすれ違ってよさそうな感じになりました。



花が綺麗なとこを周るとは言っていたものの新緑の方が目に焼きつくような車窓でした。途中ポッポの丘を10秒観光出来ましたが、ろくに見れなかったので再履修案件リストにぶち込まれました。



今時自動車教習所の教本のイラストでしか見ないようなテーラー(耕運機にトレーラーつけたっぽいやつ)が走ってました。実際小特の区分の車はホイールローダーとかトラクターの方が公道走ってると思います。そういえば砂川トラベル常任メンバーも今年度中にはお免許取得率が100%になりそうで何よりです。



約30分バスに揺られた後は神社で降ろされ、10分間のお参りタイムです。国吉神社と出雲大社上総分院の2つの神社がすぐ隣に位置しているようでしたが、後から調べてみると国吉神社の中に出雲大社があるそう。お参りの後に神社の露店のおばちゃんの話を聞いてたらバスの時間になってたので、露店の葛切りを買って戻ろうとしたら、おまけに飴を5つ頂きました。4人なのに5つでしたが気にしません。


神社は意外に駅から近かったみたいで、すぐに駅に到着しました。小休憩の後自転車を借りて、ポッポの丘再履修(一人は再々履修)の前にとある場所へ向かいます。
途中ウェイ担当のこうすけ君から「上着が自転車に巻き込まれそうでヒヤリとした」旨の報告を受けたので、主催者の上着を借りて漕ぐことに。予防保全は大切ですね。



砂川トラベル恒例のワム発見イベントもありましたが、割愛さしていただきます。向かった先はいすみ学園。ここには東急デハ3455が保存されています。車両の詳細はググってください。室外機担当のこうすけ君は自連の下の右ファン室外機に目がいってました。
元はデハ3469も倉庫としていたみたいですが、解体されて現存しない模様。
デハを見終わったら再履修案件であるポッポの丘へ向かいます。


※撮影:らいぷら
そこそこの距離にしては案外疲れなかったので、調子乗って丘への坂を漕いで登ろうとしましたが、あえなく撃沈。70%くらいの体力はこの坂で消費したと思います。らいぷらさんは早くに諦めてました。正しい判断ですね。さすが再々履修の方です。



というわけで2時間ぶりくらいにポッポの丘再履修です。到着早々よさそうな車両達が出迎えてくれますが、トイレの近くのJRFコンテナに目が行ってしまったので観察。コンテナの深入りは厳禁です。



腹も減ってたので名物のTKGを頼もうとしたら炊飯中だったので、とりあえずコンテナやヨ太郎セット周辺の車両群を観察して暇を潰すことに。
するとヨが動くというので乗るか添乗するか迷いましたが乗ることにします。地味に動く二軸車に乗ったのは初めてでしたね。カーブの音で横圧が不安になりましたが気にしません。一度スイッチャーを解放して再び連結するなどして構内線を往復。ホースが繋がってなかったのでスイッチャーの制動力のみで停車してたようです。



気付いたらご飯が炊けてそうな時間だったので、売店へ向かいます。
TKG定食は、すぐ脇のLE-Carで頂きます。テーブルがあるとはいえロングシートで食べるご飯は新鮮でした。ちょっといいお値段はしますが、卵をウリにしてるだけあってよさそうな味でした。ご飯が炊きたてなのも相まって美味しかったです。



そうこうしてるうちに次の急行まで時間が迫ってることが発覚。所定の無計画が災いして、ソフトクリームを食いつつも所定の少し急ぎ足で回ることになりました。
個々の保存車の詳細は割愛します。


車内からおかのしたが一望出来ますが、銚子電鉄北陸鉄道の車内から景色を眺めていると、丁度さっきのボンバスがやってきました。田んぼだらけなのに道路がめちゃ綺麗なのでちよっと凝ってないジオラマみたいですね。



おかのうえのDEや24系が一般開放の日だったらしく、車内やデッキに上がることができました。DE10のデッキに上がれることはそうそう無いので、RW2巻ごっこをしつつ観察。24系の車内ではお約束の検察が行われ不正乗車を取り締まっていました。



ちょっと急ぎでチャリを漕いで国吉駅へ帰還。既にDMH17のよさそうな音が聞こえています。
急行券を買おうとしたものの、どうやら列車の遅れの影響で普通扱いになっているようで、結果的に急行券なしで乗ることができました。
乗り込んだのはキハ52のほう。録音担当のこうすけ君の意向でエンジン直上席だったので、よさそうなDMH17を堪能できました。



途中でキハ28に移動することも考えましたが、大多喜でまさかの団体ご一行様が乗り込んできたのであえなく撃沈。とりあえず交換列車のなんちゃってキハの実質NDCとかの写真を撮りつつ、らいぷらをパシって瓶コーラを購入。
停車中に床下に向けてビデオカメラを構える変な人が見えたので、とりあえず車内に残ってた2人で証拠写真を撮っておきました。



栓抜きを楽しみつつ、ぼくはリアルに喉が渇いてたので結構早く飲み干しちゃいました(左から2本目)。
途中学生が乗り込んでたりしましたが、このご時世に通学にキハ52に乗ってるとかクソうらやましーなーって話をしてました。普通にバーニア氏の絵にありそうな光景でちょっと感動しましたね。



終点の上総中野ではエンジンに向けてスマホを向ける変人も増えましたが気にしません。乗り継ぎの小湊で着席出来ないことが危惧されましたが、団体客はここでバスに乗り継ぐらしく、一安心。小湊のキハ200の写真を撮りつつ乗り込みます。
次の養老渓谷から観光客が一気に乗り込んできて、結局終点の五井まで席が空くことはありませんでした。座れてよかったです。



要出典状態になりつたあった本来の目的である菜の花のお花見も車内から堪能。
その後は例によってDMH17を堪能と思われましたが、流石にお疲れモードだったので、4人中3人は車内で爆睡してました。このご時世DMH17の音を聞きながら寝れるとか凄い贅沢な気もしますが、そもそも小湊のキハの機関はDMH17が100%を占めてましたね。東京からほど近いとこにこんな路線がまだあるの普通にすごいと思います。



五井に着いたら機関区周辺を観察しました。暗くてよくわからなかったですが、ここは何度か訪れてるのでまあよしとします。



とりあえず千葉へ向かうことにします。流石に県庁所在地だしよさそうな飯屋あるでしょーってノリでしたが、思いの外なくてテンションだだ下がり。モルールの要塞感はすごく気に入りましたが、高い建物だけあって店が少ないのは気に入りません。とりあえずジョナサンへ入場することに。



メニューを見てたら大物プラレーラーのお名前が2人も登場しててびっくり。片方のお方はプラレーラーを引退したようですが気にしません。

帰りは珍しく私が一番で下車。今まで一番に離脱することはなかったのでレアケースですね。
とまあ今回の旅はおしまい。珍しく1週間くらい前から計画された旅でしたが、無事当日のプランを考えることなく当日を迎え、結局ポッポの丘再々履修(一人は再々々履修)が決定しました。砂川トラベルは今後も再履修案件を量産してくことでしょう。

砂川トラベル あさぎり編 2018.2.11

2月11日にあさぎり惜別乗車みたいな感じで御殿場へ行ってきました。


旅の始まりはバスタ新宿から。合流した主催者(要出典)と室外機担当のkousukeサンとひたすらバスを待ちますが、別にバスに乗るわけではありません。



所変わって小田急新宿駅。いつのまにか4人になってましたが、2ヶ月も前のことなのであと1人がどうやって合流したかは忘れました。LSEを見送ったあとお目当てのあさぎり3号に乗ります。

車内では適当に駄弁りつつ神奈川県の中途半端な風景を眺めていました。思えばロマンスカーに乗るのは初めてでしたが、あんまりロマンスな気分にはなれてなかったと思います。通路に落ちている枝豆を眺める席だったからってのもその要因のひとつかもしれません。座席に関しては最近乗ったEXEの方がロマンスカーっぽくないとか言われる割に普通によかったですね。



新宿から2時間半くらいで御殿場に到着。早くも今回の目的は終了。というのもあさぎりの列車名が消える前に一回乗っておこうみたいな感じで今回の旅行だったので。


飯はさわやかにしようと思いましたが、流石関東から一番近いさわやかなだけあって6時間待ち。近くのブックオフで暇潰ししてから丸源で遅めの昼食タイムとしました。ちゅうおうの帰りも丸源だった気がしますが気のせいと言い聞かせてラーメンをすすります。
飯の前に寄ったブックオフですが、入口に81-300番台のカートレインとちょっとしたレイアウトが置いてあったのでプラレの品揃えに期待しましたが、実際に店内を物色してみると、プラレ関連商品はありませんでした。



無駄に長い距離歩って駅前のD52を観察しましたが、後の予定が特に決まってなかったので適当に山北で下車。側線にバラスト運搬車が止まってたり、ホームの事務室っぽい使われてない小屋が年代物でエモかったり、その小屋に合わないDCインバータクーラーの室外機があったりと、3人が本業に移ってしまったので、僕はひたすらにカタワレ時を楽しんでました。
ちなみに写真は駅本屋の支柱にあったねずみ返しっぽい構造物です。



駅前には看板建築の美容室が店を構えていたりと、ひたすらにエモかったです。
この後も山北の街並みや住宅地を散策して、都会の喧騒とは離れた片田舎の静けさ的なのを感じてました。でも割と近くに大動脈の東名が通っています。
ここでもD52を観察しましたが、こちらの個体は圧縮空気で動くようにされているので、生きてるSLの機械油の匂いがしました。



黄昏時になると宮水四葉を発症してしまうのどうにかしたいですね。



山北を後にして松田まで戻ったら、小田急で酒匂川を渡って開成駅まで行き、NSEを見てきました。ロンちゃんって名前がついてるそうです。小田急車はよくわからないのでとりあえず床下を見てました。連接台車が気になったので明るい時間に見てみたいですね。

この後は小田急を乗り継いで新宿まで戻りました。このときよく大宮にいるタイプの小田急に乗りましたが、非同期→同期の音が233と全然違くてビビりました。普通に常磐線走るようになったので233と一緒なのかと思えばギヤ比から駆動方式まで違うみたいでびっくりです。


ちなみにこの日は都営新宿線10-000形の最終運行日だったので、床下機器担当のこうすけちゃんの意向もあって笹塚でちょいと観察してから折り返しの電車に乗車。ちなみにこの乗ったやつがマジモンの客扱いラストランとのことだそう。

主催のほうの埼玉県民の砂川様と小田急で途中で降りればよかったものを朝と同様何故か新宿まで来た神奈川県民らいぷらとは新宿に着いたときに車内で別れ、ぼくはメカトロ担当のほうの埼玉県民のこーすけさんと終点の本八幡まで乗車。何でも47年に渡る10-000形のホントの最終日だったみたいですが、今回引退した10-280Fは1997年製で今回の面子のいっこ年上なくらいです。209系より新しいのに209系より先に編成で廃車になってて変な感じですね。

あさぎり編のはずなのに途中から山北散策編になったと思えば最後には都営10-000形惜別乗車編になってたり、ブレまくりでしたが何だかんだ楽しめたのでよしとします。

コキ100系 (+ JRFコンテナ)



ずっと紹介し忘れてましたが、コキをリアル化してみました。
2016年の秋に、コキ106とコキ107が1両ずつ完成して以来ずっと増備されずにいましたが、先日のプラレール ひろばinきたもとに合わせ、コキ106とコキ110を1両ずつ増備しました。



プラ板を切り出して、1ミリ角棒を貼って作った側梁で、製品のコキ車の側面を置き換えただけです。デッキの手すりは省略しました。言葉だけだとお手軽改造ですが、プラ板を切り出すのがめんどくさかったりするので、全部手作業だとあんまりお手軽じゃなく、1年以上量産出来ずにいました。



時は過ぎて社畜になり、金も貯まってきたんで、カッティングマシンというセルフ川重が出来る機械を導入。
時間と労力を取られていて量産には不向きだった手作業による切り出しを機械化し、大幅な効率化を図りました。ちなみにおよそ30両分の切り出し自体に掛かった時間は40分でした。40分の間にごはんを食べたりお風呂に入ったりできるので大変よろしくないです。



コキの図面は104,106,107の3タイプを書いてあったので、それらを約2名に押し付けて機関車と引き換えに量産してもらうよう頼み込んだ結果、昭島では福遠先輩がコキ104×5両、北本では朱夏車輌の独裁者もといらいぷらちゃんがコキ107×5両を先行量産という形で作ってくれました。リアルなコキ車で長編成が組みたいという個人的な野望に協力してくれた、いや現在進行形で協力してくれているお二方に感謝です。



コキ車があっても載せるコンテナが製品のまま番号全部一緒じゃ個人的に納得いかないので、こちらも約1年前に作ったコンテナのデータから形式や番号違いで色々作って印刷しました。個人的にV19Cがお気に入りです。モデルが全部12ftの容積19㎥のJRコンテナなので、北本ではあずき色のコンテナばっかになってしまうかと思いましたが、名誉会長氏が私有コンテナを既に数種あったのを持ってきてくださっていたので、先ほどのEF65牽引の貨物のような実感的な積載の編成になりました。

運転会においては、コンテナ落失が頻繁に起こり、今後旅客会社に出禁を喰らいかねないので、コキ車へのコンテナの固定が課題になりそうです。といいつつ内側をテープで軽くつけるだけでも全然違うんじゃないか説を今思いついたんで、次の運転会辺りで試してみようと思います。

↓福遠さんsideの製作記↓
時速160kmへの挑戦 コンテナの下の力持ち

EF65 1000番台 国鉄特急色(JR貨物仕様)


更新色に続き、原色PFの赤プレート貨物仕様を製作しました。モデルは2017年秋の全検で原色に戻ったEF65 2065としています。

下総中山にて


 例によって特トワを切り詰め、以前の更新色よりリアルにすべく、アンテナや避雷器、ホイッスルカバーなど、屋根上のディテールアップなどの改造を施しました。
 最初の落成から7ヶ月後の2018年8月に、ヘッドライトとスカート周りを中心にリメイク。また64のプレートを印刷するついでに、プレートもメタリックシルバーのラベルに印刷し直し、製造銘板も新たに取り付けました。

※落成時の姿
貨物所属機の特徴でもある助手側の窓のスポットクーラー吸気口は切り詰めで発生した側面ルーバーの一部を、ダミー自連はHD300の前面に連結器を付けたときに発生したものを流用しています。GPSアンテナは実車では撤去されているので省略しました。

リメイク時にヘッドライトのつらら切りを再現する為に穴を開けたので、そのうちライトも点灯させたいですね。誰か電装技術の実技教育をお願いします。


2019年4月再編集